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東京高等裁判所 昭和38年(ナ)6号 判決 1966年10月24日

(第五号事件)

原告

神山茂夫

外四名

右訴訟代理人弁護士

青柳孝夫

外五四名

<他に原告戸原駿二の訴訟代理人二名>

(第六号事件)

原告

重盛寿治

外一名

右訴訟代理人弁護士

海野普吉

外三〇名

(第七号事件)

原告

内藤功

外一〇九名

右訴訟代理人弁護士

青柳孝夫

外九二名

(第一〇号事件)

原告

中村紀一

外四三名

右訴訟代理人弁護士

松本善明

外二八名

(第一一号事件)

原告

家城己紀治

外二〇名

右訴訟代理人弁護士

辻亨

外五一名

(全事件)

被告

東京都選挙管理委員会

右代表者委員長

染野愛

右指定代理人東京都選管委書記

牧野幸正

外三名

右訴訟代理人弁護士

毛受信雄

外二名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第五、六、七、一〇、一一号事件各原告代理人ら(以下原告代理人という)は、請求の趣旨として、「昭和三八年四月一七日施行の東京都知事選挙に関し、田口俊郎、曾我祐次、熊谷達雄、森下昭平、土屋斗司男、針谷操、古荘信臣、西森卓、谷口浩二、小島福司、飯岡邦輔、藤本次郎、中井善勝、川村岩男、高橋政男、粟野耕介、本間義家、鈴木長蔵、松本正一、宇田川次保、畔上敏男、山内隆保、市川敏以上二三名からなした選挙無効の異議の申立につき、昭和三八年六月一四日付で被告がした異議申立棄却の決定はこれを取消す。昭和三八年四月一七日施行の東京都知事選挙は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、請求の原因としてつぎのとおり述べた。

第一(一) 原告らは、昭和三八年四月一七日施行された東京都知事選挙(以下本件選挙という)の選挙人であるところ、前記請求の趣旨記載の田口俊郎ほか二二名が、右選挙は無効であるとして被告に対しなした異議申立につき、被告は昭和三八年六月一四日いずれも右申立を棄却する旨の決定をし、右決定は、その頃右各申立人に送達され、また、その頃東京都公報に掲載して告示された。

(二) そこで、原告らは、後記第二以下記載の理由により右選挙の無効を主張するものであり、従って、また右被告のなした異議申立棄却の決定にも不服である。

よって原告らは公職選挙法第二〇五条、第二〇三条にもとづき請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。≪以下省略≫

理由

第一原告らの請求原因第一の(一)の事実は当事者間に争いがない。

第二原告らが請求原因第二において主張する東候補らの違法な選挙運動、選挙妨害、選挙干渉の事実の有無およびこれに対する被告のとった措置について検討する。

(一)  偽造証紙貼用ポスターの大量掲示について。<証拠>を綜合すると、原告ら主張のような地位にあった松崎長作が三沢美照をして約一万六〇〇〇枚の選挙ポスター用証紙を昭和三八年四月六日頃までに偽造させたこと、原告ら主張のような職にあった飯田新太郎らが原告ら主張の安井謙の事務所などにおいて右偽造証紙を東候補の法定枚数をこえる選挙用ポスター約八〇〇枚に貼付し右貼付したポスターのうちの相当量が同月七日頃から本件選挙運動期間の終盤にかけ都内一円に頒布掲示されたことが認められる。しかし右一連の行為が自民党においてこれを松崎長作らに命じてなさしめたものであることの確証はない。

さらに、前掲各証拠に<証拠>を綜合すると、社会党東京都連の曾我祐次から東候補の偽造証紙貼用ポスターにつき調査の上適当な処置をとるよう求める申入れが昭和三八年四月一二日被告に対しなされ、(以上の事実は当事者間に争いがない)、被告は警視庁に調査を依頼したこと、その後も右曾我らから検察庁、警察に対し偽造証紙についての告発などがなされたこと、同年四月一五日午後四時頃偽造証紙貼用の疑いがある東候補のポスター二枚が東京都渋谷区竹下町において発見されたこと、被告は右通報によりその頃早速係員をして右ポスターを領置させ、警視庁と証紙印刷業者である凸版印刷株式会社に右証紙の真否の鑑定を依頼したこと、翌一六日午後一一時頃警視庁は右鑑定の結果につき偽造証紙であることを発表したことが認められる。

(二)  他候補からの選挙用葉書の買取り流用について<証拠>によれば、前記松崎長作は肥後亨事務所所属候補者の選挙運動用通常葉書合計一一万枚を昭和三八年三月下旬頃肥後亨から譲り受けたこと、松崎は前記三沢をしてこれに原告主張のような文言を印刷させ、そしてその大部分を同年四月中旬頃都内一円の選挙人にあて郵送したことが認められ、右認定に反する証人松崎長作の証言(第二回)の一部は前掲証拠に照しにわかに信用できないし、その他右認定を左右するに足る証拠はない、しかし、自民党が右認定の一連の行為を松崎に命じたことを認めるに足る証拠はない。

(三)  阪本候補の選挙演説に対する組織的、計画的妨害、立会演説会ならびに街頭演説会について。<証拠>によれば、本件選挙期間中に開催された大抵の立会演説会において阪本候補の演説にやじ、怒号が集中したこと(立会演説会の一部においてさかんなやじの応しゅうがあったことは被告の認めるところである)、そのため聴衆のうちには阪本候補の演説を聴取しにくい者があったこと阪本候補もまた自己の演説を中断させられ、そのため中断期間だけ二分間時間を延長して演説をつづけたこともあり、また所定時間の一部を短縮させられる結果になったことがあったこと、右立会演説会における阪本候補の演説に対するやじなどによる妨害は組織的計画的と推測される数十名の者によってもなされたこと、右妨害の特にひどかったのは品川、板橋などの各区、福生町、三鷹、立川などの各市におけるものであったこと、被告は開催主体である区、市、町、村選挙管理委員会および警察の協力をえて被告主張のような一般的措置を講じたこと、さらに開催主体である区、市、町、村選挙管理委員会が被告主張のような具体的秩序保持方法をとったこと、その結果全立会会場の全候補者の政見発表の演説は以上認定のような点はあったがその以外は無事終了したこと、街頭演説会においてはとくに八重洲、新橋などの駅付近において阪本候補の演説が赤尾敏、福田進ら候補派のレコード放送などにより妨害され、そのため演説の効果を期待しえない場合があったことが認められる。しかし、立会演説会、街頭演説会における右妨害が自民党の指示によるものであることを認めるに足る証拠はない。

(四)  選挙人に対する委嘱状の大量配布について。<証拠>によれば、原告ら主張のような記載のある委嘱状が、おそくも昭和三八年一月一五日頃には印刷され、選挙人に郵送などの方法により交付されたことが認められ、また前掲各証拠によれば右文書の印刷発送などをしたのは自民党東京都支部連合会であり、右安井証人らも右事実を知っていたことがうかがわれるが、右文書の印刷枚数、郵送のあてさき、交付の時期ならびに枚数が原告らの主張のようであることおよびこれが政府、自民党によって計画的組織的になされたものであることを確認するに足る資料はない。

(五)  不法文書、怪文書の大量配布

(a)  「建設の都政か、破壊の都政か」なるパンフレットについて。<証拠>によれば、昭和三八年二月頃松崎長作によって政治と国民社に対し二〇万部の印刷発注がなされ、これが全部都内の有権者に配布されたことがうかがわれるが、その内容がどの程度に反共と革新候補をひぼうしたものであるか、またこれが自民党および東候補によって発行配布されたことを認めるに足る証拠はない。

(b)  「阪本勝というおとこ」なる文書について。<証拠>によれば右の題名の文書が存在し、その内容は抽象的にいって阪本候補をひぼうしたものであることはうかがわれるが、これが具体的にどのような内容で、何時、如何なる経路で、どの程度に、どのようなものに配布されたかを認めるに足る証拠はないし、また原告ら主張のように同趣旨の庁内紙が数万部都民に配布された事実を認めるに足る証拠もない。

(c)  「公聴一年」と題する冊子について。

右文書が東京都広報室公聴部から二、五〇〇部発行されたことは被告の自陳するところであり、その発行の時期が原告ら主張のとおりであることは被告において明らかに争わないところである。そして<証拠>によればその内容は、グラビヤ版で一四、五枚にわたって写真がはいっていて、東都知事が掃木を持ってはいているところとか、飯田蝶子という人物と対談している記事などが含まれていることは認められるが、その具体的内容および配布先が原告主張のようなものであることを認めるに足る証拠はない。

(d)  「曜進する大東京」と題する冊子について。

<証拠>を綜合すると、右文書は自民党から前記三沢美照に合計三〇万部印刷発注がなされ昭和三八年一月から本件選挙投票の直前頃まで都内一円の選挙人に配布されたこと、その内容は都の土木建設状況などであることを認めることができる。しかし、この内容が原告主張のように東龍太郎への投票を依頼したものであるとまで認めるに足る証拠はない。

(六)  全国中小企業団体選挙対策協議会による選挙運動について。

<証拠>によれば、右団体はすでに昭和三五年一一月一〇日以降政治資金規正法による届出をした政治団体であること、右団体の役員には原告主張のとおりの者が就任していることならびに原告主張のような通達が出されていることは認められるが、右団体が原告主張の頃作られ、右組織によって都内の中小企業主および家族らに東候補への投票を依頼した事実はこれを認めるに足る証拠がない。

(七)  東龍太郎派の組織的買収

(a)  同人会による買収について。

<証拠>に弁論の全趣旨をも綜合すると、岡安彦三郎は元東京都副知事で(以上の事実は被告において明らかに争わない)東京都の退職職員らによって構成されている同人会の会長代理をしていたこと右岡安が原告ら主張のような買収事実の容疑で捜査当局の取調を受けたことが認められるが、その余の原告ら主張の事実にこれを認めるに足る証拠がない。

(b)  庁内紙に対する買収および不法利用について。

<証拠>によれば、松崎長作は、いわゆる庁内紙に対して東候補に有利な記事を掲載してもらうためおよび選挙運動の報酬として、原告ら主張の庁内紙に関しその主張の野々上武敏らに対しその主張の頃(ただし野々上、松尾、田中への一〇万円は昭和三八年二月一二日頃)にその主張の金額を供与したことが認められる。

(c)  選挙屋に対する買収について。

<証拠>によれば、松崎長作は昭和三八年三月二五日頃から同年四月一六日頃までの間数回にわたり肥後亨に対し東候補の為の選挙運動の報酬として合計八五万円を供与したことが認められる。

しかしながら本件にあらわれた全証拠によるも叙上の買収資金の一部が原告主張の過程を経て岡安彦三郎および松崎長作に流されたことならびに右各買収行為が自民党により直接組織的計画的になされたものであることを確認するに足りない。

(八)  泡沫候補の、東候補を支援し、阪本候補落選を目指しての立候補および選挙運動について。

(a)  橋本勝が立候補したことおよび被告において同人の届出を却下しなかったことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、橋本勝の立候補届出後本籍地と住所地への被告からの照会に対し被告主張のような各回答があり、さらに被告に於てその職員を本籍地大阪市に派遣し調査の結果、候補者橋本勝の本籍が届出地にないことを昭和三八年四月一四日に確認できたこと、その前日共産党東京都委員会から被告に対し無籍の事実の調査と橋本の選挙運動の停止方要求があったこと、同月一五日橋本候補に対し、被告は「投票当日までに同候補が被選挙権のあることを公証しないかぎり、同候補に対する投票は被選挙権のない者に対する投票として無効とする」旨通知するとともにその旨を発表したことが認められるけれども本件にあらわれたすべての資料によっても橋本候補の立候補および選挙運動が、ひとえに東候補を助け、阪本候補を妨害することにのみ集中されたことを確認するに足りない。

(b)  肥後派の候補者の立候補と選挙運動について。

本件選挙にあたりいわゆる肥後派から肥後亨、高田がん、中山勝の三名が立候補したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、立会演説会において高田がんや演説代理人阿部忠夫は前記松崎長作または肥後亨の作成した演説原稿にもとづき演説したこと、肥後派の各候補者の立会演説会における政見発表の多くは阪本候補に対する攻撃であったこと、また肥後派の選挙活動に使用せねばならない宣伝カーが自民党および東候補のために使用されたことが認められる。しかし、右の行動が自民党の直接の指示によりなされたものであること、前記松崎の肥後亨買収の認定以上に原告ら主張のように川島正次郎らから選挙運動資金が提供されたことならびに被告において右認定事実を知っていたことを認めるに足る証拠はない。

(c)  赤尾敏、福田進、小田俊与、川村茂久、河野孔明らが立候補したことは当事者間に争いがないが、右立候補者らの立候補が自民党と提携してなされたもので、その選挙運動が阪本候補への集中攻撃をしたものであることはこれを認めるに足る証拠がない。

(九)  選挙公報の不当利用について。

<証拠>によれば、原告ら主張の各候補者がその主張のような文面の政見を選挙公報に掲載していることが認められるが、右公報の利用が原告ら主張のように東候補当選、阪本候補落選のためにのみなされたものと認めるに足る証拠はない。

(十)  アカハタならびに民社新聞に対する警告について。

警視庁が、原告ら主張の日に、その主張の「アカハタ」ならびに「民社新聞」に対し、その主張のような警告書をそれぞれ発したことは当事者間に争いがない。ところで、原告らは「右警告は公職選挙法の法規に違反する」と主張するが、当裁判所の右法律および法規の解釈は被告主張のとおりであり、従って右警告は違法とは認められない。以上のとおりであるから原告ら主張の警視庁の選挙干渉の事実は認められない。

(十一)  花まつり大会について。

右の会が原告ら主張の日に開催され、東候補夫人が会長となったことは当事者間に争いがない。しかし、右の事実が東候補の選挙運動であったことを認めるに足る証拠はない。

第三ところで、原告らの本訴請求は公職選挙法第二〇五条の規定によるものであるところ、同条の「選挙の規定に違反する」とは一般に選挙管理委員会の選挙の管理執行の手続規定に違反することをいい、たんなる選挙の取締および罰則の規定違反は一応これに含まないものと解するを相当とする。

そこで、右の見地から前記第二の各認定事実を検討するに、前記第二の(二)の葉書買取り、流用(なお、葉書交付事務は、証人苔口章(第二回)の証言によれば、公職選挙郵便規則第二条により中央郵便局が扱わねばならないところであって、被告には関係がない)、(三)のうちの街頭演説、(四)の委嘱状の配布、(五)の不法文書、怪文書の配布、(六)の全国中小企業団体選挙対策協議会による選挙運動、(七)の東派の組織的買収ならびに(八)の(a)の無籍者橋本勝の立候補の点および(b)のうちの立会演説の点を各除いたその余の(八)の点はすべて選挙取締ないしは罰則規定に関する事実にすぎない。

つぎに、選挙の管理、執行規定に関係があるものと解せられる右以外の事実について考えるに、

前記第二の(一)の偽造証紙貼用ポスターの掲示については、前記認定の証紙を偽造し、これを貼付したポスターを掲示したこと自体は管理執行規定に関する事実ではないと解せられる。そこで前記認定のような昭和三八年四月一二日曽我から偽造証紙貼用ポスターの調査方申入れがあつて後の経過事実について考えるに、被告は、右申入れに対し、その頃早速警視庁に調査方依頼するとともに、同庁と凸版印刷株式会社に領置ずみの証紙の鑑定を依頼したこと、警視庁から同年四月一六日午後一一時頃偽造証紙の鑑定結果の発表があったことは、前記認定のとおりであり、<証拠>に弁論の全趣旨を併せ考えると、原告らからの被告に対する違反ポスターの調査、撤去の申入れには具体的な掲示場所を表示していなかったことが認められ、また、<証拠>によれば、証紙が偽造か否かは当該選挙を管理する被告の立場もあって慎重に判断せねばならないものであったうえ、その判定は被告において簡単になしうる程度のものでなかったことが認められ、以上の事実にこのようなポスターの発見は公職選挙法の解釈上はむしろ警察など取締当局の任務であると解せられることおよび公職選挙法第一四七条の法意を考え併わせると、被告が右偽造証紙貼用ポスターに対してとった措置および撤去命令が発せられなかったこと(この事実は当事者間に争いがない)は、本件の場合においては、被告の管理執行規定違反ということはできないと解せられる。

つぎに、前記第二の(三)の立会演説会(第二の(八)の(2)のうち立会演説会の部分を含む)については、前記認定のような、被告の知りえた事実にもとづき被告および開催主体のとった一般的措置ないし具体的秩序保持方法をみれば、これをもって一応選挙の管理執行規定の違反はないものと解せられる。

つぎに、前記第二の(八)の橋本勝の立候補につき被告のなした措置について考えるに、選挙長は、立候補届につき実質的審査権がないから、その受理について何らの違法もなかったことについては当事者間に争いがなく、前記認定事実からみられるとおり、橋本候補は本籍が確認しえないのみであって「日本国民でない」と即断しかねた(日本国民でなかったことを認めるに足る証拠はない)のであるから、このような場合選挙長としては一たん受理した届出を却下するに由なく、この者を候補者として選挙を行ない、その結果開票の際その者に対する投票を無効とし、従ってこれを当選者としないとする取扱は、公職選挙法の諸規定の趣旨に合致するものということができるところ、前記認定のように、被告は昭和三八年四月一五日橋本候補に対しこの旨通知するとともに、これを公に発表したのであり、また同候補に対する投票について右認定の趣旨の措置をとった(このことは<証拠>により認められる)のであるから、この間の措置につき選挙の管理執行規定違反はないものと認められる。

さらに、前記第二の(九)の選挙公報の利用については、公職選挙法第一六八条、第一六九条の規定から考えると、候補者から選挙公報に掲載の申請があったときには、とくに犯罪を予告するなどの極端な場合を除き、申請にかかる政見につき、被告がみだりにその内容を審査、検討して掲載の許否を決することはむしろ厳に戒しめねばならないものと解され、これを本件において前記認定のような選挙公報に掲載された各政見をみれば、被告がこれにつき警告または訂正を求めなかった(このことは被告の明らかに争わないところである)ことは何ら義務の履行を怠ったものとはいえない。

以上要するに選挙の管理執行の規定に関連する事実とみられるものについても、本件選挙においては右規定違反はないといいうる。

第四つぎに、右のように選挙の管理執行の明文規定の違反がなかったとしても、選挙取締ないし罰則規定違反などが著しいため、これにより選挙人の自由意思が著しく抑圧され選挙の自由公正が全く没却されるときには、選挙の結果に影響を及ぼすおそれがある場合にかぎり、公職選挙法第二〇五条の規定により選挙の無効原因となりうるものと解さねばならない。この見地から前記第二で認定した事実を検討することとする。

前記第二の(一)については、掲示された偽造証紙貼用ポスターは多くとも八〇〇〇枚であり、このことと成立に争いのない乙第六号証の一、二から認められる投票数、各候補者の得票数(東、阪本両候補の各得票数については当事者間に争いがない)、当裁判所に顕著もしくは公知に属する本件選挙における諸事情(選挙公営、新聞ラジオ、テレビなど報道機関の報道評論など)を併せ考えれば、右違反ポスターの掲示では選挙の自由公正を没却したとまではいいえない。同(二)の葉書買取り、流用についても、その葉書の文面からみて阪本候補をひぼうしたものとまでは解せられないので、その他前記認定の印刷郵送枚数、本件選挙における諸事情をも併せ考えると、右行為が選挙人の意思に決定的影響を与えたとまでは認め難い。同(七)の組織的買収についても、買収は直接一般の選挙人になされたものではなく、一部の者、しかも一般選挙人に対し間接的な庁内紙関係者や肥後亨への金員供与であることを考えれば、これまた右(二)において説示したところと同様選挙人の意思に決定的影響を与えたとまでは認められない。同(三)の選挙演説とくに立会演説会(同八の(2)の立会演説の点を含む)における妨害の事実についてみるに、立会演説会が現行選挙制度からみて候補者が直接自己の政見を一般選挙人に訴える唯一の機会ともいえるものであり、またその影響力も文書に掲載される場合に比しとくに強大であることは推測にかたくない。しかも前記認定のように相当広範囲かつ強力な妨害を受けたのであるから、これが選挙人の自由意思に相当の影響を与えたであろうことも想像しうるところである。しかし、当事者間に争いのない東候補と阪本候補の各得票数、その他前認定のような投票数ならびに被告において明らかに争わない原告ら主張の立会演説会の出席者数を勘案すると、前記妨害により選挙人の意思が相当に影響を受けたとしても、いまだ右認定事実の程度では右選挙の結果を異にするおそれがあったとまでは認めえないし、その他右選挙の結果を異にするおそれがあったと認めうる認定資料は本件においては発見しえない。

なお、前記第二の認定事実のうち右各事実以外の事実についてはこれらの事実が右認定の程度では選挙の自由公正を没却し、本件選挙の結果を異にするおそれがあるほどの影響力を有していたものとは認められないし、その他右各事実が右のような影響力を有したものと認めるに足る証拠はない。さらにまた、右一切の事実を綜合した場合その影響力を考えてみても、前記認定の本件選挙における諸事情、各事実の程度、投票数、各候補者の得票数などからみて、異なる選挙の結果を生ずるおそれがあったとまでは認めえない。

第五つぎに、原告は、被告の負担する選挙の管理執行に関する義務は明文がない場合でも一般的に不法な選挙運動、妨害などにより選挙の自由公正が没却されるような事態が生ずるときには、これを是正せねばならない一般的義務を負っており、公職選挙法第六条は右義務の一端を例示するものである旨主張する。おもうに、右公職選挙法第六条は選挙に関する啓発周知方を課した規定ではあるが、いわゆる効力規定ではなく、また選挙の取締、罰則規定の執行は検察官などの所管するところであって、直接選挙管理委員会の義務ではない。しかし、選挙管理委員会に課せられた公職選挙法上の任務からみて、前記第六条の趣旨に著しく違反しそのため選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合には、これまた選挙の無効原因となりうるものと解せられる。本件において前記第二において被告が取った措置について認定した以外の場合には被告において何らの措置もとらなかったことは被告において明らかに争わないところであるが、かりに、前記認定のような原告ら主張の違法な選挙運動、妨害をたまたま何らかの機会に被告職員において知ることがあったにかかわらず、被告として何らかの是正措置に出なかったとしても、これだけでは被告が著しく選挙の管理執行の義務に違背したとまでいうことはできず、他にこのような義務違背に該当するような事実を認めるに足る証拠はない。

なお、原告らは、被告が政府、自民党、警察権力と一体となって東候補当選に協力し、行為または不作為により故意に東候補に有利な結果を招来した旨主張するが、このような事実を認めるに足る証拠はない。

第六以上の次第であって、元来公明に行なわれねばならない本件選挙においてかなりな違反選挙運動ないしは妨害ともみられる行為が平然と行なわれたことはまことに遺憾というほかはないが、しかしこれが本件選挙の無効原因となりえないことは前記判断のとおりであり、従ってまた、被告がなした田口俊郎ほか二二名から申し立てられた本件選挙に対する異議につきその申立を棄却する旨の決定は結局において正当といわねばならない。

よって、原告らの本訴各請求はすべて理由がないからいずれもこれを棄却し、訟訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。(高井常太郎 満田文彦 弓削孟)

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